ハードコアテクノ団地

エンターテインメントに払う金は惜しまない

夏の旋律とはアイドルの言霊(CHEN JAPAN TOUR 2023 - Polaris - 2023.9.3)

みなさん、初秋とは名ばかりの暑さですが、いかがお過ごしでしょうか。チェンくんのソロコンです。

今回のツアーは8月下旬から9月中旬まで続く全国ツアーで、私は横浜2日目のみ参加しました。終わった瞬間に「何故たったの1公演のみで気が済むと思ったのか?」と大後悔に襲われるほど、とにかく最高のステージでした*1。ここでは私が目にして感じたものを書き記していきたい。

 

ポラリスの登場

開演前、ステージ上にはツアータイトルとロゴが大きく映し出された幕が下りていた。その向こう側には人の気配があり、抑えた音出しでサウンドチェックをしているのが分かる。これはバンド編成ならではの時間だ。そろそろ始まる、というざわめきと緊張感が空間に充満していく。

16時を少し過ぎた頃、照明が落ち、下りていた幕はそのままスクリーンになった。扉を開けて部屋に入るチェンの姿が映し出され、どこか寂しさが漂う室内には布に覆われたピアノがぽつんと佇む。静かに布を外し、鍵盤にそっと乗せられた両手が逡巡するようにぴたりと止まり、暗転する視界。暗闇に包まれる会場にピアノの音色が響き渡った瞬間、息を呑む観客の気配。まるで映画のタイトルが浮かび上がって見えるような、期待と高揚感が波紋のように広がるオープニングだ。そしてゆっくりと幕が上がった中央に、彼はひとり立っていた。

 

柔らかいヴェール越しに届けられたもの

今回のツアーは二部構成だ。前半はバラード曲、後半はアップテンポ曲を中心にセットリストが組まれている。前半では純白の「幕」がとても良い仕事をしていた。冒頭の幕開けも全開するのではなく、中央だけがカーテンのように控えめに開くというものだった。四方八方から照明を浴びながら眩い光の中で歌い踊る、普段のEXOとして立つステージとは全く異質と言っていいだろう。自分の存在感を限りなく削ぎ落とし、あくまで物語の語り手としての役割に徹する。曲と歌で真っ向勝負するストイックさは、数多のドラマOSTを彩ってきた「OSTの帝王」の名にも通ずる姿だ。

中盤のBeautiful Goodbyeではステージに再び幕が下り、その奥でチェンが歌い、幕には日本語に訳された歌詞が映し出されるという演出が見られた。これがとても素晴らしく、彼が本気で、ここに来ている人達に歌を届けたいという思いが込められた演出だったのではないか。以前もEXOツアーのチェンのソロステージで、日本語訳の歌詞をスクリーンに出してもらうようにスタッフ達に直接交渉したというエピソードがあった。観客の感動を最大限引き出したいという彼の願いが、このような秀逸な演出として結実したのではないだろうか。そしてその思いは見事に観客に届き、私達は星を見上げるような心持ちで彼の歌に聴き入った。公演のハイライトのひとつである美しい光景を生み出したヴェールは、清廉で厳かで、観客とステージを隔てる、柔らかな「膜」でもあった。

 

音楽と向き合い続けるということ

チェンのステージの印象は、EXOでのパフォーマンスとは完全に別物と言っていいほど内向的だ。もちろん歌を歌って聞かせるという面においては、外に(観客に)向けて表現しているが、彼の歌唱はそれ以上に「歌と向き合うこと」に重点を置いている。特にバラード調の曲では、歌っている最中も、歌い終わった後も、観客の目を見て語りかけるような仕草はほとんど無く、静かに目を伏せて暗転していく曲が多かった。すっと現れて、光の中心で鮮やかに歌を歌い、余韻を残して消えていく。繰り返し、繰り返し。星の名を冠したツアーのタイトルが、この上なく相応しいのだと感じさせる。

チェンは素晴らしい歌手だ。歌唱力の高さは言うまでもないが、たとえ彼をよく知らなくでも、言葉ひとつひとつを丁寧に歌っている姿勢と、複雑な物語を歌に込めて聞き手に伝えられるスキルを感じ取れるだろう。ライブで音源とほぼ変わらない精度の歌唱どころか、それを超える巧さを表現できるのも特筆すべき点だ。チェンは「ライブが上手い」を超えて「ライブの方が上手い」のである。動画でもその上手さは実感できるだろう。直に彼の歌を聴くと、音源で感じる丁寧さ、音楽に対する誠実さが可視化されて目の前に現れ、とにかく全身にビリビリと響く。彼のEXOにおける超能力が「雷」とは、よくぞ割り当てられたものだ。アイドルとしてのパフォーマンス力も加味されて、その技術はかなりしっかりとした土台の上に構築されている。ちなみにMCでCream Sodaを少しだけ踊った後に「僕がまさか踊るなんて…」と話していたから、今回のツアーでは全く踊る気がなかったらしい。しかし軽く踊るだけであっても、動きの滑らかさはどう見ても一流のものであった*2

自身で培ってきたスキルと、歌の持つ力を信じ、観客を信じて歌う。涙を誘うほどエモーショナルでありながら、押し付けずにただ寄り添う。だが不思議とチェンのパフォーマンスからは、「歌で誰かを励ましたい」といった気負いが、最初から最後までほぼ感じられないのだ。勿論、人を感動させたいという気持ちもあるだろうが、あくまでも自分自身と向き合って生まれた音楽が、結果的に誰かの日常に寄り添えたらいい、というある意味で芸術家気質なところがあると思う。歌うことが大好きで、歌わずにいられない人が作り出す世界に私達は共鳴しているのだろう。

チェンが音楽に対する思いを話す場面もあった。音楽には当時の記憶や感情が全て溶け込んでいるから、今日のことも曲を聞くたびに思い出してもらえたら、とはにかみながら語っていた。良くも悪くも、音楽と記憶が紐付けされるのは誰もが身に覚えがある話だ。細部までは覚えていなくてもその時どんな気持ちでいたのか、曲を聞いている最中にふと蘇る時、彼の音楽が自分の人生の風景に刻まれたのだと感じる瞬間は、きっと素敵なものだろう。そして今日がそうなるだろうという予感も確かにあった。

余談だが、この日のチェンは終始会場中から可愛い可愛いと愛でられ続けていたのだが*3、「そろそろ最後の曲に…」と言った途端に観客が悲しむ様子を見たチェンが「じゃあ、僕の可愛い姿をお見せしたら、最後の曲にいってもいいですね?」と折衷案を出したものの、どちらも選べず見事に静まり返る観客のリアクションを見て「どうしたらいいんですか!朝までやればいいんですか!」と悶絶するくだりには笑ってしまった。*4

 

いつかまたここで会おうという約束

EXOメンバーのソロコンサートには、スホ、カイ、チェンの3人を見てきたが、EXOの曲を1曲もやらなかったのはチェンが初めてだった。ソロの持ち歌の数が違うということもあるだろうが、本人の中で明確にコンセプトを分けているのだろうことは演出からも感じられる。EXOと地続きではあるが、今回はソロならではの、グループでは出来ないこと、やりたいビジョンを実現する為に演出家を起用している点も大きいだろう*5。シンプルながらも世界観を大切にしているのが随所に感じられる公演は、チェンのこだわりが散りばめられている、純度の高いステージングを生み出していた。

何度となく観客への感謝の言葉を口にしていたチェンは、「10年、20年先もこうして歌っているはずだから、またそこで会えたらいい」と語っていた。それぞれの人生を生きながら、道が交わる所でまた会おうと手を振りあう。そうやって10年後の、20年後の彼の歌を聴けたなら、互いを北極星になぞらえて笑い合った時を懐かしく思える日が来たなら。マイクを観客に向けて会場中から歌声が返ってくるのを聞いて、「幸せだ」とくしゃくしゃの笑顔を見せた時の幸福感が、数十年先の願いもチェンならきっと叶えられるだろうと信じさせるのだ。

 

 

 

*1:せめて2回は見るべきでした。次回の反省にします。

*2:筋肉の動きが速すぎる。スキルがギュッと凝縮されている動きをしていた。

*3:噂によれば初日からずっと可愛がられている模様。

*4:自分は朝まで歌ってもいいけれど、大変なのは皆さんの方では?ということを言っていたような気がする。

*5:shojiさんの演出とても素晴らしかったです。ありがとうございました。